2021年 09月 11日
同志社大学〜姑息の計を為すが如き軟骨漢になるなかれ〜
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大学の集積は都市の「力」を表す一つの指標だ。
京都は大学の多い街だ。
当然、進学で京都から出る学生よりも入ってくる学生が多く「転入超過」となっている。
学生が多いことは京都という街を特徴付ける一つの要素となっている。
京都は「古都」のイメージがあるが、繁華街に出てみると以外と「若者」が多い。
京都に出てきた学生たちだ。
結果として京都の街は若々しい一面を持つことになる。
サブカルが盛んなのは、この街が「学生の街」であることの結果であろう。
多くの若者がこの街に「学生」として流入し「大学卒」というブランド、価値を得て、つまりは値をたてて、社会人として出ていく。
多くの若者たちは京都、関西で人脈を作り、そして「京都びいき」となりこの街を去る。
この街を「僕の私のアナザースカイ」としている者は多い。
この「京都びいき」で関西に人脈を持った者たちは、東京で働くとしても京都の強い味方であり都市の力の源泉だ。
この街を代表するのは国立では京都大学である。
旧帝大で現在も東京大学と並ぶ最高学府。
私立では同志社と立命館が有名だ。
なかでも同志社大学は京都御所と大本山相国寺の間にあり、地下鉄烏丸線今出川駅の直上に位置している。
その意味においては「もっとも京都らしい大学」ともいえる
全国から学生を集める大学。
同じ京都市内にある立命館と比較すると、京阪神の出身学生が多いように思える。
系列校出身のいわゆる”内部生”が多いことも特徴の一つだろう。
系列校は都市部にあり学費も高いため、内部生は街育ちで裕福で円満な家庭に育った者が多い。
結果として多様な人間関係(学校、習い事、地域など)や多種類の人たちに揉まれて育った方が多いように思える。
同大の学生がコミュニケーション能力が高いとの評価を受けるのは「街育ちの学生が多い」ことに由来するものではないだろうか。
地元京都・関西でこの大学及び卒業生の評判がすごぶるよいのは、人柄がよい「同やん」(同志社大学卒業生のこと)たちと実際お付き合いされた方が多いからだと思われる。
私の母親は”赤貧”と言ってよい家庭環境で育ち「金持ちはイヤなヤツが多い」と呪文のよう繰り替えてしていた。
ちなみに彼女は金持ちの知り合いはいないらしい。
関西に住むようになり、この大学の卒業生何人かと知人や友人となったが、みなさん人柄がすごぶるいい。
人間的に、姑息なところが少なく伸びやかな方が多い。
つぶさに知人達の話を聞くと、円満で経済的に恵まれた家庭で育ち、同志社のキリスト教主義教育の薫陶厚いからではないか、と思えた。
母親から聞いていたのとは違って、実際に知り合いになってみると金持ち(の子供達)はいいやつが多かった。
同志社卒の知人は『新島さんが「姑息の計を為すが如き軟骨漢には決してならぬこと」と言ったらしい』と言っていた。
彼の人格形成に大きな影響を与えた言葉だそうだ。
キリスト教主義教育に加えて、校祖の薫陶もあるということだろう。
創設者を先生ではなく「さん」で呼ぶらしい。
調べると新島は「私のことは”新島さん”と呼んでください」と学生に言ったらしい。
「先生」ではなく「さん」で呼ばれることを望んだ者と校祖とすることは、同志社のスクールカラーに影響を与えているように思う。
同志社のラグビー部で所属し、史上初の大学ラグビー選手権四連覇に貢献した大八木淳氏は、伏高三年生時に同大ラグビー部の練習に参加した。
練習が終わった後、一回生が「これ、ここに置いたん、だれぇ?」と部室で言った。
大八木氏は三回生がそれを置いたことを知っていて、ハラハラしていたが。
三回生の先輩が「あ、おれ。ごめん、ごめん」と言ったらしい。
普通の体育会なら一回生が三回生にドヤされる場面だ。
そして、大八木氏は体育会らしからぬフラットな人間関係に驚き、同時にそのフラットさを気に入り同志社進学を決めたというエピソードからも、この大学の雰囲気を知ることができる。
付き合いのある地銀の担当者がここの卒業生だった。
誠実で人柄のよい付き合いやすい方だ。
聞くと田舎の公立高校から塾も予備校に通うことなく、指定校推薦でもなく一般入試で現役で同志社の法学部に入ったそうだ。
当時の同志社大法学部は現浪比率が3対7程度だったそうだ。
これは内部性を含む比率だったそうだ。
入学当初は大変にトンがっていて「高校時代の同級生は今でも自分をイヤなやつと記憶している」そうだ。
この大学に入り前述のような「人柄のいい同級生」達、人柄のいい教員や同志社のキリスト教主義の教育、新島の考え方などに影響され、随分と人格的に陶冶されたそうだ。
彼曰く「田舎者でへんにトンがっている自分を嫌がるわけでもなく、面白がってイジっくれた。周りがナイスガイ、ナイスガールの集まりだった。これも『少々角あるも可。気骨あるもも可』ということだったと思う。」と言っていた。
「少々角あるも可。気骨あるもも可」も新島の言葉らしい。
内部生でなくても「いいやつ」、人柄のよい「同やん」になれるもんなんだな、と感心した。
なんか俳優の生瀬勝彦をもう少し誠実にして若くした(つまり槍魔栗三助のような)雰囲気である。
そういえば生瀬さんも同志社だったな。
加えて卒業生に「倜儻不羈」の精神があれば、言うことなしだろう。
倜儻不羈は「才気がすぐれ、 独立心が旺盛で、常軌では律しがたいことの意味」で、司馬遼太郎が同学での講演後、考古学の森皓一教授から学生の為に字を書いて下さいと求められ、新島襄の言葉の中にもあった事を説明しながら、書いた文字だそうだ。
実は、同志社というのは京都人のお気に入りなのだ。
京都人が好むような上品さと洒脱さを持っている。
品がよいが、堅物というわけでもない。
全体のイメージが上品で優しくて穏やかであり、時として気骨を見せる。
そんな「同志社ブランド」が京都人達はことさら好んでいるのだ。
追記:2019.1
卒業生の満足度(就職、学生生活などを要素とする)では全国5位との調査結果が出ていた。
たしかに卒業生の友人たちはおしなべて肯定的評価をしている。ミッション系ではないため、大学時代は礼拝等もする必要もないらしい。
卒業生に聞くと、選択科目の講座にキリスト教系が多い(キリスト教哲学、キリスト教史、生活と宗教など)という程度だったとのこと。
国史の教科書に載るような有名仏教寺院のご子息も中高大と同志社という事例も普通にあり、宗教的窮屈さ、不寛容さからは程遠いとのこと。
追記:2021.5

by sazanami226
| 2021-09-11 23:00
| 京都散歩
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