旧坂田郡長久寺村について〜寝物語の里〜
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隣は美濃国今須宿であった。
現在は岐阜県不破郡関ヶ原町今須と境を接している。
境目の今須側にオーツカという自動車不織布の工場がある。
現在でも国道21号と東海道本線の北側の旧道に沿って集落がある。
江戸時代後期の書物『近江輿地志略』には、長久寺村について、屋敷が25軒あって、5軒は美濃国、20軒は近江国にあること、両国の境には小溝一つがあると記されている。
司馬遼太郎が「街道をゆく」で取り上げてからは、「寝物語の里」として有名になった。
長久時村は明治22年の町村制施行にともない柏原村の一部となった。
柏原村は昭和30年年に大原村、東黒田村と合併し山東町となった。
山東町は平成17年に米原町、伊吹町と合併して米原市となり現在に至る。
長久寺の名前の由来は以前あった寺院であるとされているが、現在は失われてない。
雪の降った日にこの村を訪れた。
雪の降る中、ご婦人が家から出て来て、回覧板を近所に持っているいくようだった。
しばらくすると猫がご婦人の後をついて歩いていた。
なんともかわいらしい。
神社を訪れたが、小さいながらも見事に手入れがなされていた。
村のヒトの始末のよさがうかがえた。
ゴム長の足跡に沿うように犬の足跡が雪の上に残っていた。
おそらく散歩で訪れたときに、犬を伴っていたのだろう。
なにか幸せが気分になった。




















