2017年 11月 26日
北陸本線中ノ郷駅跡の紅葉がきれいだった。
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中ノ郷駅(なかのごうえき)は、かつて滋賀県伊香郡余呉村中之郷(同郡余呉町中之郷を経て、現・長浜市余呉町中之郷)に存在した、日本国有鉄道(国鉄)柳ヶ瀬線の駅だった。
鉄道路線の跡は国道365号の道路敷に転用されている。
銃弾勾配、横断勾配ともゆるやかな路線で、かつて鉄道敷であったことを伺わせる。
歩道との段差が、かつてホームであったことを伺わせる。
駅跡には紅葉の木があり、この時期は大変に美しい。
北国街道沿いの宿場町にあり、北陸本線が長浜から金ヶ崎(現在の敦賀港駅)まで延伸した時に設置された。
柳ヶ瀬越えを控え、補機付け替えの駅のためすべての列車が停車する重要駅であったが、北陸本線の付け替えで柳ヶ瀬線という支線に格下げした。
その後、敦賀〜疋田間が分断され、営業係数が悪化して7年後に早くも廃線になり、国鉄バスに代替された。この駅は補機付け替えに特化された駅で、貨物列車の編成は隣接する木ノ本、高月で行われた。
本線時代には駅弁売りも出るほどの活況であった。
優等列車停車駅でありながら、戦後は本線時代よりホームは1面1線で、通過線が1本、そして待避線及び側線が何本も枝分かれして転車台、給水塔があった
転車台と待避線の間のホームは主に下り線用として戦前使用されていたが戦後は鉄柱も取り払われ、使われずに草むしたそうだ。
柳ヶ瀬線時代にはそれらの設備はすべて撤去し農地に戻され、給水塔・転車台のみが離れ小島のように農地の中に取り残された。
駅員は数十名から2名に減らされたが、それでも柳ヶ瀬線唯一の駅員常駐駅であった。
歴史、概要は以下のとおり。
1882年(明治15年)3月10日 - 国有鉄道の駅(一般駅)として開業。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定、北陸本線所属駅となる。
1957年(昭和32年)10月1日 - 北陸本線木ノ本 - 敦賀間線路付替えにより、柳ヶ瀬線の所属となる。
1960年(昭和35年)8月1日 - 貨物の取扱を廃止、旅客駅となる。荷物の取扱は継続。
1964年(昭和39年)5月11日 - 柳ヶ瀬線廃線に伴い廃止。ホーム跡(一部のみ)には駅跡を示す駅名標のレプリカが立っている。
周囲の施設跡は一旦農地に戻された後、売却され建物が建っている。
駅名は「中ノ郷駅」だが、駅跡のレプリカは駅名ではなく地名にちなみ「中之郷」と表記してあり、出版物やネット等で誤記されやすい。
駅名は正式には「中ノ郷」であるが地名の「中之郷」としばしば表記されることも多く、レプリカも初代が「中の郷」、その後「中之郷」、現役版も「中之郷」で、これは地名に合わせてそうされていると思われる。
しかし、レプリカの次駅の案内表記も地名に合わせて木之本で、正式な駅名表記の木ノ本にされていない。
by sazanami226
| 2017-11-26 22:49
| 近江散歩
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