2007年 08月 25日
道の駅あいとうマーガレットステーション@滋賀県東近江市妹町
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<あいとうマーガレットステーション>
全国各地に増殖する「道の駅」。
「道の駅」は
▼駐車場・屋外トイレ・道路情報提供施設 → 国土交通省が整備
▼地域振興施設(物販施設) → 地元自治体が整備
この道の駅「あいとうマーガレットステーション」(以下、愛東MS)最高です。
いままでいった道の駅で最高。ベスト道の駅。
★[楽浪の近江]あいとうマーガレットステーション~建物編~★
何が最高かと言うと、売っているものの、
セレクションがいい。(なんとなくイノブン的)
愛東MSは徹底的に売れるものを売っている。
そこで集客を図り、結果として地元の物産も売れるという仕組み。
ヨソの道の駅は地元の物産を全面に押し出しすぎている。
その地元の物産、すなわち特産品が、本当に商品として力があるものなら、全国至ると
ころで買えるだろう。
そうではないというのは、当該特産品の限界を示している。
すなわち特産品は「旅の思い出」にはいいが、常に欲ししものではないのだ。
愛東MSはターゲットが明確、そして正確。
ターゲットは女性。
女性がくれば、お金を使う。
独身女性は日本で一番可処分所得の多い層だし
年配の女性であっても家計を預かっているため、
自由に使えるお金が多い。
しかも、女性はちょっとしたきっかけで購買行動に移る。
すなわち「衝動買い」をする。男性は
事前に買うと決めているものしか買わない。
通常の道の駅では、
「何を売ることが可能か。おらがムラの特産品は何か」
ということからラインナップが決まる。
地元の人間であれば、当然、地元の産品には愛着もある。
それに自信もあるだろう。
いわば「生産者中心」の考え方。つまりは農民の考え方。
しかし、愛東MSでは、
「女性が何を欲しているだろうか」
ここから計算して商品のラインナップを決めている。
いわば「消費者中心」の考え方。
つまりは商人の考え方だ。
その結論が、
「ハーブ・ジェラート・茶葉・新鮮な野菜」
として店内に置かれている。
すなわち、女性が好むものを販売している。
メインの建物の中は「ハーブ・アロマ・茶葉」など。
いわばメルヘンな感じなのだ。
女性は、この「メルヘン」な感じを求めている。
「新鮮な野菜」は直売所という別の建物で売っている。
「新鮮な野菜」は生活に密着している。当然欲しくはあるが、
メルヘンな感覚も欲しい。
売り場を物理的に離すことによって、
「メルヘン」と「生活」を両立させている。
メルヘンを求めて、
この道の駅には女性がたくさんやってくる。
そしてメルヘンな物品をたくさん購入する。
そして建物から出て、メルヘンに一区切りをつけたあとに、
「物産館」へ向かい、明日のご飯の材料を買う。
女性の脳は切り替えが早くできる構造になっている。
非常にウマイ。
結果として産直野菜のみを全面に出した道の駅よりも、
野菜のみの売り上げにおいても上なのではないか。
つまりは「メルヘン」で人を集めて、
その人を「物産館」の野菜へと回遊させていくのだ。
ほんとうに感嘆すべき戦略だ。
通常「道の駅」というと「公設ドライブイン」と揶揄されるように、
ダサめの感がぬぐえない。
あたかも「ふるさと物産館」といった感じ。
しかし愛等MSは
中産階級の多い郊外にさりげなく立地しているかのような雰囲気。
店内は撮影禁止。
店内のディスプレイなどに盗まれたくないノウハウがあるということ。
間接照明と自然光で落ち着く。
ちゃっちゃっとお土産かって行こうというのではなく、
長居したくなる雰囲気だ。
当然客単価はあがる。
うろうろしているうちに、いろんなものを買ってしまう。
モノだけ買って帰ろうと思っていたが、
中に入って雰囲気が落ち着くので、
ハーブティーを飲んでまったりしたり、
ジェラートをたべてクールダウンしたくなる。
「道の駅」といえば観光バスがよく立ち寄る。
観光バスをよく利用するのも女性だ。
つまりハーブや茶葉・ジェラートなどの、愛東MSの主力商
品は徹底的に「女性」を狙ったものだ。
そしてこの「女性」はお金をよく使う。
観光バスで道の駅をよく訪れるのも女性だ。
男性もよく道の駅を利用しはするが、それは「休憩」が目的。
あまり買い物をしない。
せいぜいタバコか缶コーヒー。
客単価は300円を程度。
通常、道の駅というのは三セクになっているか、
市町村の外郭の財団法人が運営している場合が多い。
当然、駅長や職員は「市役所系」の人間がなることが多い。
観光協会から横すべりとか。
この道の駅には、そんな「お役所」的な雰囲気はない。
「よっぽどいいバイヤーとマネージャーがいるのかな」
などと勝手に思っていたが、
ここの駅長は西友出身だとのこと。
納得である。
道の駅の駅長に西友出身の人間を持ってくるあたりに、
近江人のセンスを感じる。
「道の駅の駅長に小売業出身者を」
という発想事態は考えつきやすい。
一部の人間が「小売業」出身者を持ってくることを、
着想することは驚くに値しない。
「モチはモチ屋だ」
しかし、これを実行に移すとなると、難しい。
役所にすればポストがひとつ減ることになる。
おそらく、駅長人選の人事にあたって役所内の稟議書には、
5つ以上のハンコが必要だ。
「みんなが納得しないと先には進まない」システムである。
日本の意思決定の特徴だ。
「みんなが納得して先に進められる」ところに
近江人たちのセンスを感じる。
「小売業」出身者を駅長に持ってくることに、
大多数の人間が納得しているのだ。
若い担当者だけでなく、
年配の役職付の方も納得しているだ。
つまり古くからこの地には「商売」に関する感覚があるということ。
そして商業的に成功することが、
地域にもっとも利益を還元することだということを納得している。
すなわち経営に関する勘ともいうべきものを、
のどかな農村地帯の人々は持っているのだ。
年配の方も含めて。
事実、愛東MSは収益を上げているという。
地域にお金と人を集めているのだ。
こんなブログがあった
福井青年会 中央ブログ2007年7月31日
これを読めば、愛東MSがいかに真剣に商売しているかとい
うことがわかる。
「大阪であっても代替品を持っていく」
そこには親方日の丸的な甘えはない。
これは商業激戦区で凌ぎを削っている小売店の話ではない。
のどかな田園地帯にある道の駅の話なのだ。
駅長だけが気張っても、感覚は組織には根付かない。
そこに働いている人たちは、
西友流の商売のやり方を理解しているのだ。
愛荘町はまったくのんびりしている風景だ。
田舎と言ってさしつかえない。
しかし、そこに住む人たちの感覚は
都会の小売業者とかわらないのかもしれない。
ベタな表現で恐縮だが、さすが近江商人を生み出した土地柄である。
わたしの生家の近くにも「道の駅」がある。
そこは、「ふるさと物産館」丸出しの商品構成。
館内の食堂のメインはバイキング料理。
あきらかな作り置きであり、
ちょっと舌の肥えた人なら食べる気がしない。
ましてや、観光バスや休日の遠出の昼ごはんには、
とうてい、あつらえない。
結果として長距離トラックの運転手のダイナーのようになっている。
全くセンスがない。
土建業者と運送業者ために、大きな道の駅を作ったかのうようだ。
そして、そこには無駄に広い駐車場がある。
国交省が整備した駐車場ではなく、自治体が整備した駐車場もあるのだ。
そして、こそは「場外馬券販売場」にする予定だったという。
住民の反対で頓挫したが・・。
場外馬券上がお金を地元自治体にもたらすことは知っている。
多くの市民が。
それでも「反対」なのだ。
なんとういうセンスのなさ。
このご時世に「場外馬券販売場」という発想。
遅れている。つまりは感覚的に古いのだ。
行政ニーズを掴みきれていない。
端的にいえば、
愛東MSは「おんなこども」が好きそうなものを集めている。
「おんなこども」というのは、「ハヤリスタリ」に敏感だ。
つまりは感覚的にするどい。
それに対してバイキング・場外馬券販売場を考えた、
道の駅は「オッサン」感覚丸出しなのだ。
商売をするにあたって、
「おんなこども」の感覚がわからなけらば、
まずは、失敗する。
「場外馬券場建設計画」の発案は鈍感なことの証左なのだ。
世間の価値観の変遷に対応できないということを語っているに等しい。
世間の価値観の変遷に対応できない組織は、民間ならば「倒産」する。
行政であれば「威信の低下」につながる。
威信の低下は支持の低下につながる。
自治体であれば衰退していくのだ・・・。
地元の道の駅の立派なハコと客の少なさを見るたびに、
あいとうマーガレットステーションの運営の巧みさを思い出す。
愛東MSを訪れるたびに
、のどかな風景と商魂の逞しさ・商売感覚鋭さ・豊かさのアンバランスに感嘆する。
近江のほかに、
こんな「すばらしいアンバランス」を抱えた場所が、
いったいあるのだろうか?
やはり近江は特別な地なのだ。
やはり近江人は素晴らしいのだ。
やはり、僕の愛する近江は、まったく偉大なのだ。
野菜の「直売館」。本当に新鮮で安いです。オススメ。
「直売館」の中の様子。
ペットを連れて来たい(オイラにすれば論外ですが)にも配慮した注意書き。お客様を不快にさせない気遣いに溢れています。まさに「あきんど」の発想です。規制を仕事とする「役所」の発想ではありません。
敷地内にある「あいとうまるごと食館」お弁当とか売ってます。炊き込みご飯はホンマウマイ。あー、食べたくなってきた。
長文の閲覧、ありがとうござました。
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セレクションがいい。(なんとなくイノブン的)
愛東MSは徹底的に売れるものを売っている。
そこで集客を図り、結果として地元の物産も売れるという仕組み。
ヨソの道の駅は地元の物産を全面に押し出しすぎている。
その地元の物産、すなわち特産品が、本当に商品として力があるものなら、全国至ると
ころで買えるだろう。
そうではないというのは、当該特産品の限界を示している。
すなわち特産品は「旅の思い出」にはいいが、常に欲ししものではないのだ。
愛東MSはターゲットが明確、そして正確。
ターゲットは女性。
女性がくれば、お金を使う。
独身女性は日本で一番可処分所得の多い層だし
年配の女性であっても家計を預かっているため、
自由に使えるお金が多い。
しかも、女性はちょっとしたきっかけで購買行動に移る。
すなわち「衝動買い」をする。男性は
事前に買うと決めているものしか買わない。
通常の道の駅では、
「何を売ることが可能か。おらがムラの特産品は何か」
ということからラインナップが決まる。
地元の人間であれば、当然、地元の産品には愛着もある。
それに自信もあるだろう。
いわば「生産者中心」の考え方。つまりは農民の考え方。
しかし、愛東MSでは、
「女性が何を欲しているだろうか」
ここから計算して商品のラインナップを決めている。
いわば「消費者中心」の考え方。
つまりは商人の考え方だ。
その結論が、
「ハーブ・ジェラート・茶葉・新鮮な野菜」
として店内に置かれている。
すなわち、女性が好むものを販売している。
メインの建物の中は「ハーブ・アロマ・茶葉」など。
いわばメルヘンな感じなのだ。
女性は、この「メルヘン」な感じを求めている。
「新鮮な野菜」は直売所という別の建物で売っている。
「新鮮な野菜」は生活に密着している。当然欲しくはあるが、
メルヘンな感覚も欲しい。
売り場を物理的に離すことによって、
「メルヘン」と「生活」を両立させている。
メルヘンを求めて、
この道の駅には女性がたくさんやってくる。
そしてメルヘンな物品をたくさん購入する。
そして建物から出て、メルヘンに一区切りをつけたあとに、
「物産館」へ向かい、明日のご飯の材料を買う。
女性の脳は切り替えが早くできる構造になっている。
非常にウマイ。
結果として産直野菜のみを全面に出した道の駅よりも、
野菜のみの売り上げにおいても上なのではないか。
つまりは「メルヘン」で人を集めて、
その人を「物産館」の野菜へと回遊させていくのだ。
ほんとうに感嘆すべき戦略だ。
通常「道の駅」というと「公設ドライブイン」と揶揄されるように、
ダサめの感がぬぐえない。
あたかも「ふるさと物産館」といった感じ。
しかし愛等MSは
中産階級の多い郊外にさりげなく立地しているかのような雰囲気。
店内は撮影禁止。
店内のディスプレイなどに盗まれたくないノウハウがあるということ。
間接照明と自然光で落ち着く。
ちゃっちゃっとお土産かって行こうというのではなく、
長居したくなる雰囲気だ。
当然客単価はあがる。
うろうろしているうちに、いろんなものを買ってしまう。
モノだけ買って帰ろうと思っていたが、
中に入って雰囲気が落ち着くので、
ハーブティーを飲んでまったりしたり、
ジェラートをたべてクールダウンしたくなる。
「道の駅」といえば観光バスがよく立ち寄る。
観光バスをよく利用するのも女性だ。
つまりハーブや茶葉・ジェラートなどの、愛東MSの主力商
品は徹底的に「女性」を狙ったものだ。
そしてこの「女性」はお金をよく使う。
観光バスで道の駅をよく訪れるのも女性だ。
男性もよく道の駅を利用しはするが、それは「休憩」が目的。
あまり買い物をしない。
せいぜいタバコか缶コーヒー。
客単価は300円を程度。
通常、道の駅というのは三セクになっているか、
市町村の外郭の財団法人が運営している場合が多い。
当然、駅長や職員は「市役所系」の人間がなることが多い。
観光協会から横すべりとか。
この道の駅には、そんな「お役所」的な雰囲気はない。
「よっぽどいいバイヤーとマネージャーがいるのかな」
などと勝手に思っていたが、
ここの駅長は西友出身だとのこと。
納得である。
道の駅の駅長に西友出身の人間を持ってくるあたりに、
近江人のセンスを感じる。
「道の駅の駅長に小売業出身者を」
という発想事態は考えつきやすい。
一部の人間が「小売業」出身者を持ってくることを、
着想することは驚くに値しない。
「モチはモチ屋だ」
しかし、これを実行に移すとなると、難しい。
役所にすればポストがひとつ減ることになる。
おそらく、駅長人選の人事にあたって役所内の稟議書には、
5つ以上のハンコが必要だ。
「みんなが納得しないと先には進まない」システムである。
日本の意思決定の特徴だ。
「みんなが納得して先に進められる」ところに
近江人たちのセンスを感じる。
「小売業」出身者を駅長に持ってくることに、
大多数の人間が納得しているのだ。
若い担当者だけでなく、
年配の役職付の方も納得しているだ。
つまり古くからこの地には「商売」に関する感覚があるということ。
そして商業的に成功することが、
地域にもっとも利益を還元することだということを納得している。
すなわち経営に関する勘ともいうべきものを、
のどかな農村地帯の人々は持っているのだ。
年配の方も含めて。
事実、愛東MSは収益を上げているという。
地域にお金と人を集めているのだ。
こんなブログがあった
福井青年会 中央ブログ2007年7月31日
これを読めば、愛東MSがいかに真剣に商売しているかとい
うことがわかる。
「大阪であっても代替品を持っていく」
そこには親方日の丸的な甘えはない。
これは商業激戦区で凌ぎを削っている小売店の話ではない。
のどかな田園地帯にある道の駅の話なのだ。
駅長だけが気張っても、感覚は組織には根付かない。
そこに働いている人たちは、
西友流の商売のやり方を理解しているのだ。
愛荘町はまったくのんびりしている風景だ。
田舎と言ってさしつかえない。
しかし、そこに住む人たちの感覚は
都会の小売業者とかわらないのかもしれない。
ベタな表現で恐縮だが、さすが近江商人を生み出した土地柄である。
わたしの生家の近くにも「道の駅」がある。
そこは、「ふるさと物産館」丸出しの商品構成。
館内の食堂のメインはバイキング料理。
あきらかな作り置きであり、
ちょっと舌の肥えた人なら食べる気がしない。
ましてや、観光バスや休日の遠出の昼ごはんには、
とうてい、あつらえない。
結果として長距離トラックの運転手のダイナーのようになっている。
全くセンスがない。
土建業者と運送業者ために、大きな道の駅を作ったかのうようだ。
そして、そこには無駄に広い駐車場がある。
国交省が整備した駐車場ではなく、自治体が整備した駐車場もあるのだ。
そして、こそは「場外馬券販売場」にする予定だったという。
住民の反対で頓挫したが・・。
場外馬券上がお金を地元自治体にもたらすことは知っている。
多くの市民が。
それでも「反対」なのだ。
なんとういうセンスのなさ。
このご時世に「場外馬券販売場」という発想。
遅れている。つまりは感覚的に古いのだ。
行政ニーズを掴みきれていない。
端的にいえば、
愛東MSは「おんなこども」が好きそうなものを集めている。
「おんなこども」というのは、「ハヤリスタリ」に敏感だ。
つまりは感覚的にするどい。
それに対してバイキング・場外馬券販売場を考えた、
道の駅は「オッサン」感覚丸出しなのだ。
商売をするにあたって、
「おんなこども」の感覚がわからなけらば、
まずは、失敗する。
「場外馬券場建設計画」の発案は鈍感なことの証左なのだ。
世間の価値観の変遷に対応できないということを語っているに等しい。
世間の価値観の変遷に対応できない組織は、民間ならば「倒産」する。
行政であれば「威信の低下」につながる。
威信の低下は支持の低下につながる。
自治体であれば衰退していくのだ・・・。
地元の道の駅の立派なハコと客の少なさを見るたびに、
あいとうマーガレットステーションの運営の巧みさを思い出す。
愛東MSを訪れるたびに
、のどかな風景と商魂の逞しさ・商売感覚鋭さ・豊かさのアンバランスに感嘆する。
近江のほかに、
こんな「すばらしいアンバランス」を抱えた場所が、
いったいあるのだろうか?
やはり近江は特別な地なのだ。
やはり近江人は素晴らしいのだ。
やはり、僕の愛する近江は、まったく偉大なのだ。
野菜の「直売館」。本当に新鮮で安いです。オススメ。
「直売館」の中の様子。
ペットを連れて来たい(オイラにすれば論外ですが)にも配慮した注意書き。お客様を不快にさせない気遣いに溢れています。まさに「あきんど」の発想です。規制を仕事とする「役所」の発想ではありません。
敷地内にある「あいとうまるごと食館」お弁当とか売ってます。炊き込みご飯はホンマウマイ。あー、食べたくなってきた。長文の閲覧、ありがとうござました。
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by sazanami226
| 2007-08-25 13:43
| 近江散歩
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