2008年 11月 29日
クニザカイの村・藤川@米原市藤川
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[藤川の場所]
所用があって岐阜方面へ車で向いました。
途中、旧伊吹町藤川へ立ち寄りました。
藤川は県境の村です。「県境」に僕は惹かれます。
文化や人の流れが変わる境目。
人は行政界の入った地図で物事を考えています。
県境にはその地図では見えない物がみることができるのではないか、、。
そんな期待を持ちつつ藤川集落へ向かいました。
▼旧中山道の滋賀・岐阜県境の村は
▽滋賀側 長久寺(米原市・旧山東町)
▽岐阜側 今須(不破郡関ヶ原町)
です。同様に
▼旧北国街道脇往還の滋賀・岐阜県境の村は
▽滋賀側 藤川(米原市・旧伊吹町)
▽岐阜側 玉(不破郡関ヶ原町)
です。
旧中山道に
沿って走っているのが国道21号です。
旧北国街道脇往還に
沿って走っているのが国道365号です。
[藤川の特長]
藤古川という川が藤川地内を流れています。
藤古川は滋賀県内にありながら
びわ湖に注がない珍しい河川です。
伊勢湾に注ぎます。
隣の字、大清水にある
泉神社の湧水は大阪湾に注ぎます。
国道365号を
岐阜から木之本方面に走ると
長いだらかな上り坂になっています。
大阪印刷シーリングのある「藤川西」交差点付近が
一番高くなり、その後下り坂になります。
カーラジオをつけてみました。
KBS滋賀(1215khz)・毎日放送(1173khz)が聴取できました。
岐阜放送(1431khz)・東海ラジオ(1332khz)・も聴取できます。
KBS京都(1143KHZ)は殆ど聴取できませんでした。
岐阜県揖斐郡では聴取できたのにな・・・。
TVは、
▼旧伊吹町が財政的に豊かでありケーブルTVの敷設に熱心だった。
ことを考えるとケーブルTVで、在阪局の方法を観ていると思われます。
▽滋賀側 長久寺(米原市・旧山東町)
▽岐阜側 今須(不破郡関ヶ原町)
です。同様に
▼旧北国街道脇往還の滋賀・岐阜県境の村は
▽滋賀側 藤川(米原市・旧伊吹町)
▽岐阜側 玉(不破郡関ヶ原町)
です。
旧中山道に
沿って走っているのが国道21号です。
旧北国街道脇往還に
沿って走っているのが国道365号です。
[藤川の特長]
藤古川という川が藤川地内を流れています。
藤古川は滋賀県内にありながら
びわ湖に注がない珍しい河川です。
伊勢湾に注ぎます。
隣の字、大清水にある
泉神社の湧水は大阪湾に注ぎます。
国道365号を
岐阜から木之本方面に走ると
長いだらかな上り坂になっています。
大阪印刷シーリングのある「藤川西」交差点付近が
一番高くなり、その後下り坂になります。
カーラジオをつけてみました。
KBS滋賀(1215khz)・毎日放送(1173khz)が聴取できました。
岐阜放送(1431khz)・東海ラジオ(1332khz)・も聴取できます。
KBS京都(1143KHZ)は殆ど聴取できませんでした。
岐阜県揖斐郡では聴取できたのにな・・・。
TVは、
▼旧伊吹町が財政的に豊かでありケーブルTVの敷設に熱心だった。
ことを考えるとケーブルTVで、在阪局の方法を観ていると思われます。
車のナビのテレビでは在阪・在名どちらのTVも映りませんでした。。









<藤川集落内の風景> 







<関の藤川こと藤古川。結構なV字峡谷地形> 




<藤古川に沿う道。旧道だろうか> 

<藤古川の対岸、関ヶ原町玉集落> 

NHK大津とびわ湖放送はかろうじて視聴できました。
[藤川にはいってみる]
藤川の字の中は静まりかえってしました。
300人程度の小さい字です。
柱や格子が紅殻に塗られた伝統的近江風の住宅も多い。
村にはいってすぐ、大きな家がありました。
構えからして普通の民家ではなかったようです。
近くまでいってツブサに観たかったですが
その手前の畑に家人らしきご婦人が
農作業をしておられました。
遠慮して立ち去ろうとすると
「こんにちはぁ」
と挨拶されてしまいました。
村の中心と思える場所は道が狭くなっています。
お寺の瓦の屋根が立派です。
岐阜に住んでいる頃、KBS京都の「桂都丸のサークルタウン」を聴取しながら職場に向かっていました。
落語家さんのしゃべくりというは、気分がいいです。
その番組内の「ジャパネットタカタ」のコーナーで、サンヨーのカーナビが紹介されていました。
で、買ったのが今のカーナビです。
中越沖地震に被災してから調子悪いです。。。
と何気に自分史に絡むナビ。
そのナビ先生が指示した「藤川 代表的地点」に到着。

・・・・何もないやんけ??なんで?ナビ先生?
昔学校があった場所かな?
藤川には昔小学校があったらしいのでその跡地でしょうか。
それか村役場があったところか?
[藤川はなぜ近江国なのか]
関ヶ原町玉と米原市藤川は指呼の距離にあります。
藤川と同じ旧伊吹町だった大清水の間に分水嶺・峠があります。
普通に考えれば県境は藤川・大清水間にありそうなモノです。
しかし実際にはなだらかな道で繋がっている藤川と玉の間が県境です。
[藤川にはいってみる]
藤川の字の中は静まりかえってしました。
300人程度の小さい字です。
柱や格子が紅殻に塗られた伝統的近江風の住宅も多い。
村にはいってすぐ、大きな家がありました。
構えからして普通の民家ではなかったようです。
近くまでいってツブサに観たかったですが
その手前の畑に家人らしきご婦人が
農作業をしておられました。
遠慮して立ち去ろうとすると
「こんにちはぁ」
と挨拶されてしまいました。
村の中心と思える場所は道が狭くなっています。
お寺の瓦の屋根が立派です。
岐阜に住んでいる頃、KBS京都の「桂都丸のサークルタウン」を聴取しながら職場に向かっていました。
落語家さんのしゃべくりというは、気分がいいです。
その番組内の「ジャパネットタカタ」のコーナーで、サンヨーのカーナビが紹介されていました。
で、買ったのが今のカーナビです。
中越沖地震に被災してから調子悪いです。。。
と何気に自分史に絡むナビ。
そのナビ先生が指示した「藤川 代表的地点」に到着。

・・・・何もないやんけ??なんで?ナビ先生?
昔学校があった場所かな?
藤川には昔小学校があったらしいのでその跡地でしょうか。
それか村役場があったところか?
[藤川はなぜ近江国なのか]
関ヶ原町玉と米原市藤川は指呼の距離にあります。
藤川と同じ旧伊吹町だった大清水の間に分水嶺・峠があります。
普通に考えれば県境は藤川・大清水間にありそうなモノです。
しかし実際にはなだらかな道で繋がっている藤川と玉の間が県境です。
昔の江濃の国境もこのラインです。
実際に歩いてみて、なぜ藤川・玉の間が国境であったかがわかりました。
国境の位地の理由は前述の伊勢湾に注ぐ「藤古川」です。
藤古川は藤川・玉の字界付近で急激に落ち込みます。
つまり小峡谷的な地形になっています。
藤川から玉にいくためには、河沿いの道を歩いていかなくてはなりません。
藤川の村を出て急な坂を下り、玉の手前で急な坂を上る必要があります。
船運を利用できれば、藤川は下流の美濃の村々と交流も容易だったでしょう。
しかし藤古川は「渓流」であり水量が少なく大きな岩も多いです。
船は無理です。
川を渡り、アップダウンの激しい道を通り玉をはじめとする美濃の村々と交流するよりは、峠ともいえない丘を上って大清水や弥高と交流するほうがラクだったと思われます。
なだらかな上り坂でスグにいける距離です。
帰りはラクなものです。
藤川と玉の往復は往路も復路も
アップダウンがキツいようです。
現代の人間が思うよりも「河」というのは
自然障壁としてやっかいなモノだったようです。
県境というのはなかなか面白いものです。
実際に歩いてみて、なぜ藤川・玉の間が国境であったかがわかりました。
国境の位地の理由は前述の伊勢湾に注ぐ「藤古川」です。
藤古川は藤川・玉の字界付近で急激に落ち込みます。
つまり小峡谷的な地形になっています。
藤川から玉にいくためには、河沿いの道を歩いていかなくてはなりません。
藤川の村を出て急な坂を下り、玉の手前で急な坂を上る必要があります。
船運を利用できれば、藤川は下流の美濃の村々と交流も容易だったでしょう。
しかし藤古川は「渓流」であり水量が少なく大きな岩も多いです。
船は無理です。
川を渡り、アップダウンの激しい道を通り玉をはじめとする美濃の村々と交流するよりは、峠ともいえない丘を上って大清水や弥高と交流するほうがラクだったと思われます。
なだらかな上り坂でスグにいける距離です。
帰りはラクなものです。
藤川と玉の往復は往路も復路も
アップダウンがキツいようです。
現代の人間が思うよりも「河」というのは
自然障壁としてやっかいなモノだったようです。
県境というのはなかなか面白いものです。
<国道365号岐阜滋賀県境付近、旧北国街道脇往還に沿う道>


























最後の2枚の写真は藤川からみた対岸の村、関ヶ原町玉。
藤古川に対して崖のように切り立った台地上にありあます。
by sazanami226
| 2008-11-29 10:17
| 近江散歩
|
Comments(4)
はじめまして。
でも藤川をはじめとした米原市東部は、大きな買い物や遊びは岐阜県と同様『名古屋』ですよね。
米原市の旧山東地区・伊吹地区は、京都大阪2市への通勤通学者の合計よりも、名古屋市への通勤通学者が多いです
米原市全体でも通勤者に限れば京都大阪2市への通勤者より名古屋への通勤者が多いです(h12、h17国勢調査)。
また藤川や柏原の場合、彦根や長浜へ出るよりも関ヶ原大垣に出るほうが楽でした。
藤川について書かれた当記事を興味深く背景させていただきましたがそうしたことについても記事で触れてほしかったです。
でも藤川をはじめとした米原市東部は、大きな買い物や遊びは岐阜県と同様『名古屋』ですよね。
米原市の旧山東地区・伊吹地区は、京都大阪2市への通勤通学者の合計よりも、名古屋市への通勤通学者が多いです
米原市全体でも通勤者に限れば京都大阪2市への通勤者より名古屋への通勤者が多いです(h12、h17国勢調査)。
また藤川や柏原の場合、彦根や長浜へ出るよりも関ヶ原大垣に出るほうが楽でした。
藤川について書かれた当記事を興味深く背景させていただきましたがそうしたことについても記事で触れてほしかったです。
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>>どですかさん
こんにちは。はじめまして。お詳しいですね!藤川の方ですか!?僕自身は一度、行ったきりなので、おっしゃるようなことには不案内です。すいません。
こんにちは。はじめまして。お詳しいですね!藤川の方ですか!?僕自身は一度、行ったきりなので、おっしゃるようなことには不案内です。すいません。
藤川の辺りは阪神ファンと中日ファンはどちらか多いのですか?それとテレビは関西それとも名古屋?
>>阪神ファンさん
こんにちは。 2008-12-18 22:38のコメントにも書いたように僕は一度きりしか行っていない(その後も行っていません)ので詳しいことは分かりません。テレビはケーブルで在阪の放送局を観ているのだと思います。
こんにちは。 2008-12-18 22:38のコメントにも書いたように僕は一度きりしか行っていない(その後も行っていません)ので詳しいことは分かりません。テレビはケーブルで在阪の放送局を観ているのだと思います。

