天野川の河口付近、南岸に「朝妻湊跡」との石碑がある。
石碑の後に見事な桜があって、これが咲いたときには絶景となる。
桜の背景には琵琶湖があり、春の琵琶湖特有の淡い水色と空の水色と桜の薄いピンクのコントラストが美しい。
ぜひこの風景をゆっくり見たいと思っているが、休日になると、その石碑の前に、バス釣りに来た釣り人たちの車が駐車されていて、風景を著しく損なっている。
平日の午前中なら車がいないのではないか、と思い今日いってみた。
果たして車はいなかった。
ただ空が曇り気味であったのと、桜が若干散っていたのが残念だった。
朝妻湊は古代から東海・北陸地方の人の行き来や荷物の運搬など、湖上交通の要港として発展。
奈良時代には朝廷の台所である大膳職御厨が置かれ、北近江、美濃、飛騨、信濃などの諸国から朝廷に献上される品物や税、それに木材
食料などが集積され、大津や坂本などの湊を目指して多くの船が行き交っていた。
平安時代末期、木曽義仲の後続部隊の出陣時にも朝妻湊を経て戦地に向かった。
秀吉が京の大仏殿建立の際、尾張や美濃から木材を運搬し、重要な役割を果した。
江戸時代に入り彦根藩が米原湊を御用港として保護するのを境に、それまで行なわれていた湖上交通は制限、港のにぎやかさは影をひそめた。
今では朝妻湊跡の石碑、港内に敷き詰められた石畳が、当時を偲ぶものとして残っている。
現在はバス釣りなどにくる他府県ナンバーの車が多い。
地域の方は年に数度は公園付近の清掃、ゴミ拾いなどを行っている。
屋外の公園トイレとしては大変清潔なトイレがある。
地元の方、字の方の手入れのたまものだろう。
ここに限らず、近江の公園などのトイレは綺麗な場所が多い。
近江の人々の素養と勤勉さをよく表している。